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軽井沢人物語

愛する町だからこそ、物申す「軽井沢は退化している!」

コラムニスト 勝谷誠彦さん

ph_201408_01.jpg 勝谷誠彦さん
 雑誌「SPA!」の巻頭コラムを始め、雑誌に多数連載を持つコラムニストの勝谷誠彦さん。「スッキリ!!」(日本テレビ)などテレビ番組のコメンテーターとしてもお馴染みで、365 日無休の有料配信メール『勝谷誠彦の×× な日々。』は多くの熱狂的読者を持つ。
 軽井沢に家を建てたのは、今から18年前。マンガ『軽井沢シンドローム』を読み、住みたいと思ったのがきっかけだった。記者として勤務していた文藝春秋社を退職した頃で、まさにバブル絶頂期。軽井沢の土地もブームに乗り、希少物件となっていた。
 「当時は今のようなインターネットもないから、不動産の情報源は新聞。ある朝、新聞を開くと"軽井沢の土地"って出ていたから、そのまま特急あさまに乗り、向かいましたよ。酒好きなもんで、電車乗ったら、ついつい飲んじゃう。着いた時にはべろべろに酔っぱらってて、その上霧も出てたから、どんな土地か見えなかったけど、買っちゃった。晴れた時に改めて見たら、すごい傾斜( 笑)」
 退職金を注ぎ込み、人工地盤を造成。自然保護対策要綱に則って建てた家は、建築評論家の南雄三さんが基本の図面を引いた。特に眺望が素晴らしく、朝は雲海の中に旧軽井沢が見え、正面に妙義山を望む。
 文藝春秋時代は記者として、綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人などの国内の事件やフィリピン内乱、若王子事件、カンボジア内戦、湾岸戦争などの国際報道を手がけた。35歳の時に退職。軽井沢に家を建てたのも、ちょうどその頃だった。「軽井沢に籠って小説でも書こうか」と思っていたという。
 15年前、田中康夫さんが長野県知事選に出る際、出馬を迷う田中さんの背中を押し、担ぎ出した一人。応援のため、住民票を軽井沢へ移した。大の軽井沢好きを自負し、住民として行政にも様々に提案をしてきたが、「住民票、去年引き上げたんです。あんなに税金払ったのに、何も聞く耳持たないんで(笑)」
 最近の軽井沢についても、人気コメンテーターらしく鋭く一刀両断。
 「昔は軽井沢駅に降り立っていたのは麦わら帽子のお嬢さんだったのに、今はアウトレット目当ての観光客ばかり。私の愛する軽井沢は退化してる!」

※勝谷さんの辛口インタビューを、発売中の「軽井沢ヴィネット」115 号に掲載しています。
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