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空襲警報のない中で眠った「あの日の軽井沢が忘れられない」

オペラ歌手 藤井多恵子さん

ph_201410_01.jpg 藤井多恵子さん
1950年代よりオペラ歌手として活動。国内外で数々の舞台を踏み、『蝶々夫人』『椿姫』『リゴレット』などの主役を務めた。これまでで最も印象に残っている公演に、ハワイのホノルル交響楽団のソリストとして、初めて外国人の前で歌ったステージ(1959年)を挙げる。
 「声援が飛んだり、ピーって口笛が鳴ったり、日本では経験のない反応に驚きました。野外ステージの明かりに虫が集まってくるんですけど、歌っている最中にカナブンが口に入ってきて、ごくんと飲んじゃった。歌?そのまま続けましたよ」
 留学先のボストン大学大学院で知り合った日本人化学者のご主人と結婚。20代から40代前半まで暮らしたアメリカでは、ニューヨーク州立大学の声楽講師、教会のソリストとしても活動。作曲家のルーカス・フォス主催の「現代音楽祭」に出演した翌日のニューヨーク・タイムズで、「モルトン・ボイス(とろけるような歌声)」と表現されたことも。  
現在は、「二期会英語の歌研究会」「渋谷ミュージカル」などで声楽指導を行うほか、様々なコンサートを主催。母と夫を介護し看取った経験から、病院や老人施設などで歌う「介護する人される人コンサート」を15年前から続けている。
「英語教師だった母(94歳没まで毎年軽井沢を訪問)は、『私は<埴生の宿>を英語で歌えるのよ』と言って、デイサービスで歌う『むすんでひらいて』などの童謡を嫌がりました。色々なお年寄りに懐かしいと感じてもらえる歌を届けたい、と始めたんです」
 東京大空襲があった1945年3月10日の翌日、小学6年だった藤井さんは、家族とともに東京を離れ、軽井沢の別荘へ逃げ込んだ。その日のことが、今も心に焼き付いている。
 「夜中に空襲警報で起こされない喜び。上空をB-29が飛ばないところで寝たあの感激は、忘れられません」
 2006年より毎夏、千ヶ滝西区公民館でコンサートを行っている。今夏も満席の中、藤井さんが指導する「軽井沢サマーコーラス」が出演し、自身もアメリカ歌曲などを歌った。軽井沢の別荘滞在中も、毎日の発声練習は欠かさない。
 「高い声で歌っていると、庭に野鳥が集まってくるの。『変な鳥がきた』と思っているんじゃないかしら」
 これまで数多くの人を魅了してきたその歌声は、この空の下、今日もどこかで響いている。
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