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被爆者の手記の朗読続け30年「平和が壊されるのは許せない」

女優 高田 敏江 さん

ph_201507_01.jpg 高田 敏江 さん
 児童福祉を学んでいた大学在学中、「話のタネに」と受けた劇団民藝の試験に合格。女優として60年以上、舞台、映画、テレビなどで様々な役を演じてきた。最も印象に残っている仕事の一つに1958年放送のテレビドラマ『私は貝になりたい』を挙げる。フランキー堺さん演じる主人公の義理の妹役で出演した。
「数十年ぶりに再放送を観て、なんて素晴らしい作品に出演したんだろうと思いました。今にして思えば、女優という職業はまさに天から降ってきた仕事、天職かもしれません」
 戦争体験者の女優仲間とともに、広島、長崎の原子爆弾による被爆者が書いた手記の朗読劇を1985年から続けている。軽井沢大賀ホールでの公演(7月27日14時~)は、2012年に続き2度目。終戦から70周年の今年は、特別な思いがある。
「『絶対に戦争をしない』と歩んできたこの70年の日本の姿勢は世界に誇れると思います。安保法案や憲法改正の不穏な動きもありますが、この平和が壊されるのは何としても許せない。自身の問題として、一人ひとりが平和について考えてほしいと思っています」
 公演には毎回、地元の小中学生も舞台にあげ、手記の朗読に参加してもらうようにしている。
「同じ年代の子どもが書いた手記を読んでもらいます。知らない大人が読むのと、同級生が読むのとでは、観にきた子どもたちの共感度が違うんですよ」
 群馬県前橋市の出身。前橋大空襲があった1945年8月5日、10歳だった高田さんは、父の先導で赤城山の中腹に避難。B-29から音を立てて投下される焼夷弾が、街を炎で真っ赤に染めていくのを目にした。二日後山を下りると、自宅は跡形もなく一面の焼け野原...。黒焦げの死体がトタン板に乗せられ、幾つも運ばれていった。その異様な臭い、光景が今も忘れられない。
「戦争は破壊以外のなにものでもない。どんなに恐ろしく悲惨なことか。あの思いだけは子々孫々させたくない」
 軽井沢公演が終わったあとから、26年前に建てた千ヶ滝の別荘にしばらく滞在する。道がすいている朝のうちに買物を済ませたら、あとは家で本を読んだり、周辺を散策したりと、いつも通りゆっくり過ごす予定だ。
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