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ピアノにエッセイ、ジム通い…4つの「かく」を実践

一般財団法人 軽井沢会評議員 英 義道 さん

DSC_0006.jpg 英 義道さん
 慶應義塾大学卒業後「横浜ゴム」に就職し、新規事業や経営企画に携わる。管理職を歴任し、65歳まで勤め上げた。同社が買収したアメリカのタイヤ製造会社の社長兼会長に50代で就任。従業員約2000人のトップとして、工場の巡回や営業活動などで4年間、全米を飛び回った。
「経営権を持っていても、アメリカでは私が外国人。人の意見は積極的に聞くよう心がけました。アメリカでは人前で人を叱るのはタブーなど、学ぶことは多かったですね」
 リタイア後は、親友の教えで「4つの"かく"」を実践。週二回ジムに通い、軽井沢滞在中は毎日の散歩を欠かさない(汗をかく)。同人誌のメンバーになり隔月で一本、ショートエッセイを寄稿(文章を書く)。「カラオケはいつも逃げ回っていた」ほど、人前で歌うのは苦手だったが、声楽を習いグループに所属。70歳からピアノも始め、年2回発表会で演奏している(恥をかく)。
「あともう一つの"かく"は、夢を描く。できるだけ元気で人様に迷惑をかけないよう、終末を迎えたいというのが私の夢。そのためにも、前の3つの"かく"を続けたい」
 2歳の頃から軽井沢の別荘を訪れている。戦時中の小学2~3年は家族で疎開生活を送った。
「破れた長靴を履いて学校に通いました。冬は地元の子が、トウガラシをワラ靴に入れて履いていて、真似するとあったかくて驚きました」
 現役時代は「夏休みにちょっと来るだけ」だった軽井沢。現在は真冬以外頻繁に訪れ、別荘住民としてはただ一人、軽井沢町自然保護審議会の委員を務めるなど、行政とも関わる。町の長期振興計画に対し「スポーツに特化したまちづくりを」とパブリックコメントを提出したこともある。
「デジタル時代を生きる今の人は、自然に飢えている。町が支援し子どもの林間学校を積極的に誘致したり、軽井沢外周トレッキングロードを整備し、子どもからお年寄りまで自然の中を歩けるようにしたらいいと思う」  この1月で79歳に。所属する声楽グループでは、最年少メンバーの30代医師に「『みんなに迷惑をかけるような音痴症や認知症と診断したら、いつでもドクターストップかけて』と言っている」とニコリ。人を思う優しさが、その笑みからにじみ出ていた。
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