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2年後のツール・ド・フランス走破へ 夢に向かいペダル漕ぐ日々

サイクリスト 上原 暢 さん

ph_201306_01.jpg 上原 暢 さん
 2009年、71歳でアメリカ大陸ロサンゼルス~ニューヨーク間約7000kmを、42日間かけて自転車で横断。次はツール・ド・フランスのコースを走破しようと、トレーニングと資金集めの日々を送っている。
 軽井沢で生まれ育った。幼い頃から体は丈夫で小中高と皆勤賞。軽井沢高校3年のときに在学生3人でスケート部をつくり、その年出場した第12回国民体育大会1500mで全国優勝。立教大学では自転車部に所属し、授業は二の次で練習に明け暮れた。ローマオリンピック(1960年)の代表選考レー
スでは、最後の8人に残った。多摩御陵(八王子市)を7周するコース。残り2周を切って、先頭集団で走行中、"パン!"とタイヤの破裂音がした。
「誰だ!と思ったら、自分のでした。一発勝負だからと、最も軽いタイヤを選んだのが裏目に出ましたね」
 大学卒業後は日興証券に就職するも夢を求め10年で脱サラ。その後は食料品の輸入、ダイレクトメール発送の会社を起業するなど、本人曰く「波瀾万丈の職歴」を経て約40年ぶりに軽井沢へ戻った。
 アメリカ大陸横断は学生時代からの夢だった。オリンピック出場を争った8人のうちの一人で、最大のライバルだった当時の学生チャンピオン、高貫亘弘さんは法政大学在学中、大陸横断に挑戦するも途中で断念していた。
「彼には負けられない、という思いはずっと心の中にありましたね」
 アメリカでは、同行した佐久市の友人が運転するキャンピングカーで寝泊まり。突然の豪雨に、慌てて飛び込んだ小屋でガラガラ蛇と一緒になったり、友人とはぐれ廃車集積所の車の中で一晩を過ごしたことも。キャンピングカーの冷蔵庫から食料は無くなっても、バドワイザーだけは切らさなかった。
「走ったあとの一杯は格別。重要なエネルギー源でした」
 ツール・ド・フランスのチャレンジは2年後の77歳。熊野皇大神社や峰の茶屋、横川駅までの往復など、軽井沢では練習コースに困らない。県境~横川駅は往路35分、復路60分が平均タイムだ。
「一度決めたら、そこに向かって最大、最善の努力を惜しみません。幾つになっても夢は持ち続けたい」
 スポーツ以外では美術鑑賞が趣味。フランスでは、美術館を巡るのも楽しみの一つだ。
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