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元号またぎの挙式や上皇ご夫妻の写真展示…

平成から令和へ、そのとき軽井沢は

1905_news_reiwa01.JPG 5月1日0時半。挙式を終え、笑顔を見せる新郎の守屋さんと新婦の小林さん。
 史上初の10連休となったゴールデンウィーク。改元にちなんだ催しや記念品販売、町内の人出など、軽井沢の大型連休の様子を取材した。

 平成から令和への元号をまたいだ結婚式が、軽井沢プリンスホテルフォレスターナ軽井沢で開かれた。式を挙げたのは新潟県三条市の守屋翼さんと小林美香さん。軽井沢の結婚式をネット検索したところ、同ホテルの新元号挙式プランが見つかり「面白そう。忘れられない日にしたい」と申し込んだ。

 深夜で遠方ということもあり参列者は呼ばなかった。2人は牧師の前で愛を誓い指輪交換。0時ちょうどにキスを交わした。式後、美香さんは「感無量。この貴重な瞬間に式を挙げられたことを嬉しく思う」と笑みを浮かべた。
1905_news_gosyuin.JPG 5月1日9時、熊野皇大神社。御朱印帳に金字で日付を入れる神職。外には行列ができた。
 長野・群馬県境にある熊野皇大神社は令和初日の5月1日、限定の御朱印や御朱印帳を参拝者に頒布した。朝6時で既に10人ほどが並び、9時過ぎに列は社殿へつづく階段の下まで延びていた。大安と重なったこの日は、お宮参りに訪れる家族も多く「予想外の人出」と同神社禰宜の水沢貴文さん。夫婦で訪れた川崎市の中野英知さんは御朱印帳とともに神社で記念撮影。「平和な令和になってほしいですね」と話した。

 しなの鉄道軽井沢駅では1日、令和記念入場券を販売。列の先頭にいた東京都の藤森一弘さんは「手に入れられて嬉しい。前日の23時から元号が変わる瞬間も並んでいた。いい記念になる」と笑顔を見せた。

 軽井沢高原文庫は元号が変わるのを記念し4月27日から5月12日まで、写真展「天皇皇后両陛下と軽井沢」を同文庫内堀辰雄山荘で開いた。両陛下の軽井沢静養中に新聞記者の幅北光さん(1905--83)が撮影した写真や、同文庫を見学に訪れたときの写真など約20点を展示。栃木県から夫婦で訪れた滝川和則さんは「両陛下は年代ごと軽井沢を訪問されている。大切な場所なんでしょうね」と述べた。

 明治以降の軽井沢の歴史的な写真を管理・販売する土屋写真店では連休中、皇族関係の写真を展示したコーナーに観光客が集中した。「令和効果ですね。上皇ご夫妻には、夏以外の軽井沢もこれから謳歌して頂きたいですね」と店主の町田靖彦さん。

 軽井沢プリンスショッピングプラザは5月1日、買い物した先着500人に紅白まんじゅうをプレゼント。センターモールの案内所前でクラシック音楽の演奏会を開くなどして、祝賀ムードを盛り上げた。同施設を運営する西武プロパティーズの担当者は「4月30日から5月4日にかけ首都圏を中心に広域からの来場が多く、GW期間としては過去最高の売上高になった」と話した。

軽井沢ナショナルトラストの日本建築学会賞に

軽井沢文化協会が疑義を指摘

1905_news_swiss.jpg 旧スイス公使館「深山荘」
 昨年、軽井沢ナショナルトラスト(以下KNT)の会長はじめ5人が受賞した「日本建築学会賞」の業績の記述に疑義があるとして、軽井沢文化協会は4月15日、日本建築学会会長に宛て文書を送った。

 指摘したのは同賞への提出書類にKNT単独事業の業績として旧スイス公使館深山荘の現地保存を掲げている内容。軽井沢文化協会は「旧スイス公使館深山荘の現地保存に軽井沢ナショナルトラストが関わった事実はない。署名活動を行い、現地保存を実現した当文化協会としては遺憾であり看過できない」と事実誤認を訴えた。文化協会理事の塩川治子さんは「歴史的遺産として深山荘の保存運動を行う際、軽井沢ナショナルトラストにも協力を依頼したが、価値のない建物として協力してもらえなかった」と当時を振り返る。KNT提出の書類には、同協会による深山荘保存運動の経過は何も記されていない。

 「日本建築学会賞」を受賞した一人、元KNT事務局長の藤巻進さん(現・軽井沢町長)は「この賞に応募したことは聞いていたが、詳しい内容については知らなかった」と話している。応募書類の提出は松岡温彦会長と花里俊廣筑波大学教授(日本建築学会会員)によるもので、中島松樹さん、大久保保さん、藤巻進さんの3人には詳しい内容が知らされていなかった。

 KNT会員で日本女子大名誉教授の増渕宗一さんは「業績記述に虚偽があるとすれば、会員にとっても恥ずかしいこと。嘘の申請をしたことをお詫びし、事実を正すことが社会に対しての道義的責任」と反省を促した。

元町議「町民にとってもマイナス」

軽井沢町議会、初の定数割れ

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 17人が立候補した軽井沢町議選(定数16)は4月21日に投開票され、現職10人、新人5人が当選を果たした。2人が法定得票数に達せず落選し、うち一人が定数以内の16位だった。このため町議会は1人欠員となり、初めての定数割れとなった。投票率は過去最低の50・55%で、前回の町議選から10・45ポイント下がった。

 4月まで軽井沢町議を6期務めた内堀次雄さんは、欠員が出たことについて「議会改革に重きをおいて取り組んできた中で、立候補者が少なくなったのは非常に残念。町民の皆さんにとってもマイナス。定数削減論が出ないことを願う」と見解を述べた。

石尊山で火災 ガスコンロの火が延焼か

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 石尊山の山頂で、4月19日12時40分ごろ火災が発生した。山頂で佐久広域連合消防本部の消防隊員らが消火活動にあたり、県消防防災ヘリも上空から散水し、16時10分に鎮火した。下草や立ち木など2.25haを焼いた。火災の原因について佐久広域連合消防本部は「調査中」としたが、頂上付近で使用された携帯用ガスコンロの火が風にあおられ燃え広がったという報道がある。

改選後の初議会 新議長に佐藤敏明さん

 軽井沢町議会は5月7日、改選後初めての会議を開き、議長に佐藤敏明さん、副議長に土屋好生さんを選んだ。議長就任のあいさつで佐藤さんは、議会改革、活性化の重点項目の一つとして、住民参加の充実を挙げた。中高生による模擬議会、議会と町づくりを語る会の公聴部分の拡充、各種団体との懇談会などを通じ、「町への政策提言につながる意見の集約を積極的に行っていく」と話した。

天皇陛下在位30年、記念に植樹

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 4月29日、追分宿町営駐車場の一画で天皇陛下(現上皇陛下)の在位30年を記念した植樹が行われた。藤巻町長や町議会議員、ら23人が出席。植えたのはお印にちなんだ桐の木。陛下が石尊山に登頂したときお詠みになった御製碑の前に植えた。町によると陛下が軽井沢にご静養に訪れたのは即位してから12回。藤巻町長は「両陛下をはじめ、皇室の皆様が軽井沢のことを思ってくださることは大変ありがたいこと。上皇様になられても、軽井沢に訪れてゆっくりしていただきたい」と語った。

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