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軽井沢新聞 スペシャル
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フランス文学者・学習院大学名誉教授 篠沢秀夫 さん

1712_special_deatta01.jpg クイズダービーには11年出演。篠沢さんが出てから15%の視聴率が35%に。「僕が当たらないのに威張っているのがおもしろかったんでしょうね」。軽井沢ではハンモックがお気に入り。 1712_special_deatta02.jpg 1999年、取材当時の篠沢教授の別荘。 しのざわ ひでお 1933年東京生まれ。フランス文学者 学習院大学名誉教授。東京大学大学院卒業後、フランス政府給費留学生として渡仏。帰国後は明治大学教授を経て1973年に学習院大学教授となる。TBSテレビ「クイズダービー」のレギュラーとなり人気を得る。2013年瑞宝章叙勲。2009年頃から難病の筋萎縮性側索硬化症を患う。2017年死去。
 2017年10月26日篠沢秀夫さんの訃報が報道された。かつてテレビの人気番組「クイズダービー」のレギュラーとして活躍した篠沢さん。その笑顔とお茶目なトークがお茶の間の人気を集めた。難病を患いながらも、執筆や講演を続けていた前向きな姿が印象に残っている。

 1999年の夏、篠沢さんの別荘を訪問した。1972年に建てた頃は広い緑の中に佇む別荘だったが、軽井沢バイパスが出来て森は分断されたのだとか。

 「近くにバイパスが通ることになって途中で設計変更」。急きょ道路側にべランダを付けたので「ベランダから出入りするお客さんが多くなり、窓枠に頭をぶつける人が続出。妙な風になっちゃった」と笑う。

 篠沢さんと軽井沢との出会いはかなり古く、昭和15年頃。外国人が多く、まだ小学校1年生だった篠沢少年の目に軽井沢はヨーロッパのように映った。

 「特別なものが軽井沢にはありました。ショートケーキとか、シュークリームとか。一部の階級の西洋のものがそのまま軽井沢に持ち込まれていたんですね」

 戦後から変わってきた軽井沢について、篠沢さんはこう語っている。「敗戦というのは一つの社会革命であったと思います。フランス革命にしても貴族だけだったものが革命後は庶民に広がった。ムッシュとかマダムという呼び方も貴族だけだったんです。そういう意味では、軽井沢は突出した存在ではなくなった」。

 けれど、篠沢さんにとって軽井沢は変わらず、ずっと大好きな場所だった。「軽井沢のようなリゾート型の滞在地は日本では稀だと思います」。満面の笑みを浮かべ、「ハンモックに揺られながらの読書は最高のひととき」と話していたことを思い出す。
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