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軽井沢新聞 スペシャル
軽井沢新聞 スペシャル

127年目の軽井沢

Vol.1

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 昨年帰国し、6年ぶりに軽井沢の別荘にやって来た川田美枝子さん(仮名)は、別荘の周辺の変わりように驚いた。田崎美術館の前にあった林は全部切られ、大きな切り株がたくさん残されていた。数えてみると100本近い。土地分譲の看板が掲げられているが、売るなら別に全部切る必要はないのに、と悲しくなった。

 【要綱第4条】町民等及び事業者は、自然環境の保護及び良好な景観の形成に自ら努めるとともに、町がこの条例の目的を達成するために行う施策に協力しなければならない。(条例の目的とは、自然環境及びそれによる景観を保護し、明るく健康的な国際保養地としてのまちづくりに寄与すること、と第1条に書かれている。)
 
【要綱第4の1】敷地内に存する樹木をできる限り残存させるとともに、建築物等の周囲に植栽を施し、自然環境の保護に支障のないものであること。
 ロイヤルプリンス通りと呼ばれるこの通りは、突き当りに皇室用のプリンスホテルがあったことから、今もそう呼ばれている。周囲には古くからの別荘も多いが、新しい家がたくさん増えていた。別荘だけではなく、移住してきた人の家や店舗も目立つ。
 川田さんが気になったのは、この通りにある黒い塀が続いている家だ。「軽井沢の自然保護対策要綱では、塀を作るのはいけないことになっている」と聞いていたから、なぜこの塀が許可されたのか不思議だった。自分の別荘の囲いも周囲に合わせて、浅間石と樹木にしていた。

 【要綱第4の1】塀その他の遮へい物はできる限り設けないこととし、やむを得ずこれらを設ける場合は、コンクリートブロック、有刺鉄線を使用せず、樹木等を活用し、自然環境の保護に支障のないものであること。
 近くの喫茶店に入ってその疑問を話すと、客の一人が言った。「私もそう思って役場に訊いたんですよ。あれは黒塀の前に低木で植栽してあるからいいという解釈らしいです」。
 すると、他の客たちが「それはおかしいだろう。どう見ても、塀が目立っているんだから」「天皇・皇后だってここを通られるんだから、あの鉄の黒壁はみっともない」「なんで、町役場はそんなごまかしにのせられて、取り締まることができないんだ」と、怒りの声が店内に広がった。
 川田さんは喫茶店のオーナーから聞いたことで、もう一つ気になることがあった。

(広川小夜子 軽井沢新聞編集長)

127年目の軽井沢

Vol.2

ph_201304-01.jpg1,000m林道の噂の工事場所。
写真は樹木すべて伐採した直後。
(2012年1月)
 喫茶店のオーナーが話していたことで気になることがあった。

 「昨年の秋は、大型のダンプカーが1日何台も通ってましたよ。1000m林道の大工事でね」
 「1000m林道の大工事?何ですか、それ?」
 「川田さんは外国に行ってたから知らないでしょうが、ビル・ゲイツの別荘の工事という噂ですよ」
 「え、あのビル・ゲイツ?」  さっそく、その場所を聞いて行ってみると、広大な土地が大きな白いカバーに覆われていた。ダンプカーが来るたびに蛇腹式のドアが開いて中が見えた。千ヶ滝の友人の話では6千坪の広い森はすべて木が切られ、小高い山の土を削って運び出していたという。
「ここにいたリスや野鳥、ムササビたちはどうしたんでしょう」
 川田さんだけでなく、軽井沢を愛する人なら、きっと、誰もがそう思ったことだろう。
第4 (1)自然保護対策  
ア 野生動物並びに風致及び良好な環境の保護を図り、事業地及びその周辺の環境保護に努めること。
(囲み内は軽井沢自然保護対策要綱)


 中軽井沢に住む柳沢純さん(仮名)は、噂を聞いて現場を見に行った。噂では6千坪の土地を徐々に広げて1万坪にし、地下3階でプールやヘリポートもできるという話だった。どこまで本当かわからないが、広大な地形が変えられていることは事実だった。

第4 (1)自然保護対策
イ 事業地の植生及び地形その他の原状は、できる限り残存させること。
ウ 道路、給排水施設、その他の工作物の設置にあたっては、土地の形状変更、立木の伐採その他の現状を改変する行為を最小限にとどめ、施工のためにやむを得ず改変された工作物以外の土地は速かに原状を回復すること。

 工事の看板を見ると、建築主は『株式会社ピーエムリゾート』、住所は東京・新橋になっている。上京の際、その場所へ行ってみたら、住所のビルの中には『ピーエムリゾート』という会社は見当たらなかった。一方、知人の不動産業者は『ピーエムリゾート』の謄本を調べたが、社長は中国系の人物だったと教えてくれた。軽井沢の不動産業者の間では「あれはビル・ゲイツじゃない。買ったのは中国人だ」という噂が広まっていた。
 個人の別荘としての建築申請にしては、あまりに大規模の開発だと柳沢さんは思った。個人だとしても、敷地6千坪、建坪200坪という数字は小規模、中規模を超え大規模に違いない。しかも、森を壊し地形まで変えてしまっているのは、明らかに自然保護を目的として制定された自然保護対策要綱の精神に反している。
 大規模開発の場合、第3条の(9)によれば、土地の形質変更を行う面積が300㎡以上、それにより生じる擁壁の高さが1.5m以上のものは「事前協議対象土地利用者」となり、町民や近隣の土地所有者などに土地利用行為の内容や必要事項を説明しなければならない(第8条)。

 「事前協議の説明会を開くと、近隣から反対されることもある。個人の別荘で届ければそうした面倒なことがないからだね」というのが近所の長老M氏の見方だった。
 「建築主は正体不明。大規模開発なのに、個人の建築物として申請して面倒な手続きを省こうとしているのは、どう考えてもおかしい」柳沢さんは納得のいかないという顔でK氏を見た。
(次号へ続く)

(広川小夜子 軽井沢新聞編集長)

127年目の軽井沢

Vol.3

(前号までの内容:千ヶ滝西区で行われている大工事はビル・ゲイツの別荘と噂されていた。現場を見た柳沢さんは6千坪という大規模な工事なのに、個人の別荘としての建築工事が許可されるのは『軽井沢自然保護対策要綱』の精神に反するのではないかと思った。)  
ph_201305-01.jpg大工事は白いフードをかぶせて行われた。
 本当にビル・ゲイツの別荘なのか、それとも中国人の別荘なのか。巷ではそんな声が聞こえてくるが、柳沢さんは、「そんなことはどうでもいい。大規模な開発を個人の別荘として届けて地形を変えるような工事を認める町役場がおかしい」と憤慨する。
 工事現場近くに住む前田佳代子さん(仮名)は、頻繁に通るダンプカーに悩まされていた。朝7時前から夜10時頃まで、多いときは15分おきに通って行くので、道路は埃だらけだ。夜中の12時に大きなクレーン車が通り、驚いたこともあった。
 そんなある日、「朝7時30分から夜9時までの間、工事の車が通ります」という建設会社からの知らせの紙が入っていた。実際はもっと早朝から夜遅くまで通っている。その事実を町役場に伝えると、数日後、工事の担当者が謝りに来た。
軽井沢自然保護対策要綱 第4の2(3)良好な生活環境の保持の基準
ア 保養地域には、高音又は臭気等を発し周囲の静穏又は清涼な環境を損なうおそれのある施設及び不特定多数の者の利用を目的とする施設の設置を避け、当該地域の良好な生活環境を維持すること。
関連する「善良なる風俗を維持する要綱」第13 何人も夜間(午後9時から翌日午前6時まで)においては、みだりに付近の静穏をそこなう行為をし、又、させてはならないものとする。


 2013年の1月から3月、軽井沢の冬は過酷な寒さに見舞われた。前田さんは雪と凍結の中、坂道を滑るように降りてくるトラックに不安を感じていた。2月下旬、県内の新聞に「"巨大別荘"誰の?」という見出しの記事が載った。建築主については、はっきりとは書いていないが、前田さんが驚いたのは「道路に土を落とさないなど、きちんと工事をやっていて問題はない」という住民のことばだった。「土を落とさないで走っているからいいなんて...」と前田さんは呆れた。実際、周りは迷惑しているのだから、そういう声も書いてほしいと怒りがこみ上げて来た。
 軽井沢自然保護対策要綱は建築や工事に関してのことばかりではない。保健休養地として、穏やかな環境の中で過ごせるようにという配慮が記載されている。これは「善良なる風俗を守る条例」から取り入れたもので、「健康的な避暑地」を目指した宣教師はじめ先人たちの精神が受け継がれている。この要綱の制定は昭和48年。では、いったい、誰がどのようにして先人たちの精神を盛り込んだ要綱を作り上げたのだろうか。町役場に聞いてみても、誰もこれに答えられる人はいなかった。
 町議会ではしばしば「自然保護対策要綱にありますように...」と各課の課長たちが答弁する。長野県がつくる「軽井沢都市計画」でも自然保護対策要綱に基づいて制定すると述べている。それほど、重要視されている要綱なのに、だれがなぜ作ったのか知っている人が町役場に一人もいないとは、いったいどういうことだろう。
 長年、自然保護審議会の理事を務めてきた星野嘉助さんに尋ねるのが一番と思い電話した。星野さんは3月19日に逝去されたが、この日はその1ヵ月前のことだった。
 星野さんは「それは離山にロープウェイを通して展望レストランを作る計画が持ち上がったことがきっかけでした」と話し始めた。
(次号へ続く)

(広川小夜子 軽井沢新聞編集長)

127年目の軽井沢

Vol.4

(前号までの内容:ビルゲイツの別荘なのか、それとも...。多くの人の興味はそれだったが、工事現場近くに住む前田さん(仮名)は頻繁に通るダンプカーに悩まされていた。軽井沢自然保護対策要綱では、「良好な生活環境の保持」など、保養地域(別荘地)で心地よく過ごせるよう配慮することが謳われているのだが。この要綱はいったいどのように作られたのか、役場に聞いても知っている人は誰もいなかった。そこで星野嘉助さんに尋ねてみると...)
ph_201306-01.jpg土地の総ての木を切って売り出した分譲地
 長年、自然保護審議会の委員を務めてきた星野嘉助さん(今年3月逝去)に会ったのは、2月中旬のこと。「軽井沢自然保護対策要綱(以下、要綱)を作ることになったのは、離山にロープウエイを通して展望レストランを造る計画が持ち上がったことがきっかけでした」。星野さんは遠い記憶を辿るように、ゆっくりと話し始めた。
 「展望レストランを計画した人に、父(Ⅲ代目星野嘉助氏)や別荘の人たちが『軽井沢はそういうところではないよ』と諭し、その人はわかってくれて取り止めました。でも、またこのような計画が立てられ、自然を破壊することが起こらないとも限らないということから、この要綱が作られたのです。ちょうど、佐藤正人さんが町長になったばかりの頃だったので、町長にもよく説明して納得してもらいました」。
 要綱を読むと、随所に軽井沢を愛する人々が自然環境を守り、動植物を保護し、避暑生活を快適に過ごそうという気持ちが強く込められているのがわかる。地元住民というよりは別荘住民の視点から書かれている。
 現在、自然保護審議会の委員であり、町議会議員でもある内堀次雄さんにもこれは誰が作ったものかと訊いてみた。「おそらく、別荘の会の人たちから知恵をもらって考えたものと思われます」との答えだった。 
 軽井沢会の理事を務める英義道さんは、この要綱に父の英修道さんが関わっていたことを教えてくれた。英修道さんは慶応大学の教授で、前理事長・服部禮次郎さんの前までずっと、軽井沢会の理事長を務めてきた人だ。
 これで、要綱が誕生した様子が何となくわかってきた。正式に要綱が発足したのは1972(昭和47)年。その後、要綱に沿って軽井沢は厳しい規制が行われ、高層建築ができることもなく、大きく自然が破壊されることもなく、第1次バブル期も環境が保たれて来た。
 しかし、現在の軽井沢はどうだろうか。今年3月に行った軽井沢新聞社の調査で「軽井沢の自然環境は守られていると思いますか」という質問に6割以上の人が「守られていない」と答えている。別荘地のあちこちがいつの間にか皆伐されて、様変わりしていることを嘆く声が新聞社にも届く。
 軽井沢自然保護対策要綱はいつから規制の力をなくしたのだろうか。そこには、先人達が予想し得ない落とし穴があった。

(次号へ続く)広川小夜子

※「127年目の軽井沢」の127年とは、A.C.ショーが軽井沢を避暑地として見出してからの歳月。

127年目の軽井沢

Vol.5

ph_201307-01.jpg軽井沢別荘団体連合会のチラシ
(前号までの内容:
軽井沢自然保護対策要綱には、「良好な生活環境の保持」など、保養地域(別荘地)で心地よく過ごせるよう配慮することが謳われている。この要綱はいったいどのように作られたのか、役場に聞いても知っている人は誰もいなかった。
取材してみると、離山に展望レストランの計画が持ち上がったことがきっかけだったことや、別荘の人々の知恵を集めたものだということ等がわかった)
 2010年、軽井沢別荘団体連合会では、別荘地の景観を損ねない家を建ててもらいたいと「別荘建築に関する公的規制の概要」のチラシを作り配布した。家をイラストで描き、自然保護対策要綱(以下、要綱)の注意点を表記したチラシは「わかりやすい」と好評だった。増刷することになり、2013年に要綱を見ていた事務局の奥山政明さんは「あれ?」と首を傾げた。「自然保護対策基準の概要」の一覧表が、2010年のときは「夏期(7月25日~8月31日まで)は原則として工事を行わない」となっていたのに、2012年のものでは「行わない」ではなく、「自粛する」に変わっていた。
 私は奥山さんからその話を聞き、どういう理由で変えたのか、生活環境課に訊いてみた。窓口の職員は「『原則として工事を行わない』も『自粛する』も同じこと」と言う。しかし、奥山さんも私も「同じなら変える必要はないはず。変えたからには理由があるのでは」と不思議に思った。
 奥山さんは要綱がときどき変わっていることを指摘する。生活環境課の話では、要綱を変更するときは、町長が了承印を押し、町役場の国道前にあるガラス戸付きの掲示板に約2週間掲示するという。しかし、この掲示板に貼った紙は文字が小さく読みづらい。わからないうちに貼りだされ、期間が過ぎてしまうということが多い。「重要なことが貼りだされていると知っている?」と周囲の人に聞いてみたが、ほとんどの人が知らなかった。
 要綱が制定されたときに、『軽井沢町自然保護審議会』が設立されている。同審議会委員は20名。"町議会議員"は4名、"知識経験者"の12名は教育委員会や商工会、観光協会、区長会、農業委員会、不動産協会、建築士会などの代表者たち。そして、佐久地方事務所や保健福祉事務所、東信森林管理署など"関係官公庁職員"が4名。彼らによって、軽井沢自然保護対策要綱に関連する議題が審議されるが、そこには別荘所有者は一人もいない。議題は第1種低層住居専用地域(別荘地域)に関することも多いのに。
 前号で述べたように、要綱は別荘の先人たちの知恵を集めて作られたもので、別荘住民の視点で書かれている。その要綱に関しての審議会であれば、町民同様、町に固定資産税を支払っている別荘所有者が加わるのは当然のことだ。
 8年前、南原に暮らすシナリオライターの佐伯俊道さんは、このことに疑問をいだき、当時の町長と面談した際「別荘住民を入れるべきだ」と何回か要望した。しかし、「公務員以外の委員はみな町民である」というロジックで無視されたという。「オブザーバーでもいいのではないかと言ったのですが、それすら認められませんでした」と嘆く。一番検討される環境で暮らす別荘住民を、検討する機会に加えたくない理由とは、何なのだろうか。
(次号へ続く)

広川小夜子
※「127年目の軽井沢」の127年とは、A.C.ショーが軽井沢を避暑地として見出してからの歳月。

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