軽井沢で発見された中江兆民の絶筆、書の数奇な遍歴の旅を本に

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19世紀の思想家、中江兆民が亡くなる直前に書いた「文章経国」の書を手にする栁下誠さん。

 東洋のルソーと称される思想家、中江兆民(1847〜1901)が死の一カ月前、愛弟子の幸徳秋水へ贈った書が、旧軽井沢の栁下誠さんの家から見つかった。「どうして一般庶民の私のもとにあるのか、そのいきさつを知ってほしい」と、栁下さんは書が自分のもとへ来るまでのいきさつを本にまとめた。

 書は『文章経国大業不朽盛事(文学は国を治めるための重大な事業で、永久に後の世に残る盛大な仕事である)』と、魏の文帝曹丕(そうひ)が3世紀に残した「典論」の引用文が書かれている。秋水が1911年に大逆事件で処刑されると、書は高知の甥・幸徳富治のもとへ。富治が事業の資金繰りで手放したあと、書は転々とし、64年頃から行方不明とされていた。

 栁下さんは、義母から譲り受けたこの書の価値を知りたいと2019年、美術品などの値段を鑑定するテレビ番組に応募するも不採用。ならば自分で調べようと、中江兆民や幸徳秋水の生誕地である高知県の高知市立自由民権記念館や、県立文学館を訪問。同書に200枚の複製が存在すると知ると、それらを保管する早稲田大学中央図書館、尾崎士郎記念館(愛知県)なども巡った。のちに美術商の鑑定で、栁下さんの持つ書が、墨で書かれた原本であることもわかった。

 さらに、義母や義父と交流のあった人々を調査。この書にまつわる関係者を年表に書き出していくと、皇太子明仁親王の教育の責任者だった小泉信三と、栁下さんの義父で万平ホテルの客室係だった石井長次郎がつながった。

「1965年夏に書にまつわるドラマが、軽井沢で展開していたことがわかりました。そのストーリーを知ってほしい」と栁下さんは話している。

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栁下さんが、書のいきさつをまとめた書籍「兆民老人『文章経国』の遍歴」。(つむぎ書房)1,760円。軽井沢書店、Amazonで販売。

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