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軽井沢新聞 スペシャル
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軽井沢で出会った人々 vol.9

作家 遠藤 周作 さん

1709_special_endou_280.jpg 1984年、取材した頃の遠藤周作さんの別荘。
 1984年の夏、遠藤周作さんこと狐狸庵先生の別荘を訪問。外壁がキツツキの穴だらけの別荘で、自然の風情を楽しみながら暮らしている様子がうかがえた。ここでたくさんの原稿を執筆しているのかと思いきや...。

 「いやぁ、仕事がはかどらん。風情があるのにどうしてって?ここに来ると眠いんだよね。酸素が少なくておまけに紫外線が強いから(笑)。昼間は寝てばっかりいて、夜は夜で近くにいる北杜夫が遊びに来て、酒飲んでばかりいる(笑)」と楽しそうな遠藤周作さん。

 別荘を建てたのは1968(昭和43)年で、1973年には近くに北杜夫さんの別荘が建ち、同じ年に劇作家の矢代静一さんの別荘も完成した。夜ごと開かれる遠藤別荘での"作家たちの宴"は、今や伝説のように語られている。

 「遠藤先生はエンターテイナーでした。『モンキードライバーの歌を知っているか。知らない?よし、教えてやろう』って『お猿のカゴ屋だ、ほいさっさ♪』って歌うの。みんな大爆笑」と語るのは北杜夫さんの長女・斎藤由香さん。その時の様子を写した写真には、ゴリラのような表情でみんなを笑わせる遠藤さんの愉快な姿が写っている(軽井沢ヴィネット110号)。飲んで、歌って、笑って...と軽井沢の宴会はどんどん盛り上がったそうだ。

 人気作家として多忙なスケジュールに追われながらも、高原の風情を楽しみつつ、仲間と歓談の時を過ごす軽井沢は遠藤さんの『大切な充電する所』だったに違いない。

 1980年代の軽井沢は観光客の増加とともに、街並みも変わり大衆化していた。『ああ、軽井沢族よ』などのエッセイでも軽井沢を風刺して描いている遠藤さんに「今後の軽井沢はどうなったらいいと思いますか」と尋ねた。

 「う~ん、共和国にしたらええんやないか。若い人にはテニスコートもあるし、遊ぶ所はいくらでもある。年寄りは年寄りでオートバイにぶつかる心配もなくゆっくり散歩できる所もあるというような」「ユーモアあふれる人」という印象だが、彼の小説のテーマは『沈黙』などに代表されるカトリックの信仰を原点とするものだ。そのどちらも作家・遠藤周作の魅力。軽井沢高原文庫では1998年、2006年、2013年と3回に亘り『遠藤周作展』が開催され、多くのファンが訪れた。

えんどう・しゅうさく(1923~1996年)
1923年東京生まれ。小・中学校時代は関西で過ごす。1943年慶応義塾大文学部予科入学、のち仏文科へ。戦後初のフランスへの留学生として渡仏しリヨン大学に入学。肺結核が悪化し、1953年に帰国。1955年『白い人』で芥川賞受賞。1966年『沈黙』で谷崎潤一郎賞を受賞。1993年『深い河』を発表。1996年死去。
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