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軽井沢新聞 スペシャル
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フランス文学者 朝吹登水子 さん

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あさぶき とみこ (1917-2005)
フランス文学者 1917年東京生まれ。女子学習院中退後、フランスへ渡りブッフェモン女学校、パリソルボンヌ大学で学ぶ。1955年F・サガンの『悲しみよこんにちは』を翻訳。ボーヴォワールの翻訳など多数の翻訳を手掛ける。自伝的小説『愛のむこう側』『もうひとつの愛』など小説やエッセイも多数。1958年、第11回カンヌ国際映画祭の審査員を務める。2000年、フランス政府よりレジオンドヌール勲章シュヴァリエを叙勲。
1807_special_suikuisou.JPG 今年の11月には睡鳩荘で『旧朝吹山荘移築10年展』(仮題)が行われる。
 2018年は日仏国交160周年の年にあたる。軽井沢でフランス関係の人物といったら、すぐに名前があがるのが朝吹登水子さんだ。サガンやボーヴォワールの翻訳で知られる朝吹さんは、日本とフランスの架け橋となり、両国の文化を伝えて来た。

 1984年に原稿をお願いしたときは、まだお会いしたことはなかったが快く引き受けていただいた。届いた原稿には軽井沢の古き良き時代の夢のような物語が綴られていた。翌年には、戦前・戦後の記憶も辿って詳細に記した朝吹さんの軽井沢の思い出が、美しい写真と共に『私の軽井沢物語』として出版された。軽井沢の別荘史として、今も多くの人々に愛読されている。

 取材を通して、私は朝吹さんから軽井沢の奥深さを教えていただいたように思う。軽井沢での本来の別荘生活とは何か、どのような人々が軽井沢でどんな別荘の過ごし方をして来たか、朝吹別荘で出会った人々との交流、ヴォーリズ建築や暖炉のこと...など、数えればきりがないほど取材に協力していただき、様々な軽井沢の魅力を伝えることができた。朝吹家で出会った人と名刺交換すると、名刺には肩書がなく名前だけという人が多かった。あとで朝吹さんに聞いてみると、「元国連大使の人よ」「徳川家の方よ」など、なかなか出会えない人物だった。そういう方に「軽井沢文化人録」のページに登場していただいたこともあった。

 「避暑地軽井沢100年」の1986年に発行した写真集『軽井沢の別荘』では、ヴォーリズ建築の朝吹家別荘(睡鳩荘)を撮影させていただいた(このときの写真は7月下旬発行の軽井沢ヴィネット123号にも掲載)。両親が愛したこの別荘を朝吹さんはとても大切に思っていた。「私が元気なうちはいいけど、その後はどうなるかわからない」と睡鳩荘の行く末を心配されていた。現在、タリアセンの塩沢湖畔に移築され、多くの人たちが集うようになったことは、天国の朝吹さんが一番喜んでいるのではないかと思う。(広川小夜子)
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