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軽井沢新聞 スペシャル
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洋画家 小山 敬三 さん

special-tasaki.jpg 洋画家 小山 敬三 さん special-tasaki02.jpg 紅浅間 1968年作
 私がお会いしたとき、小山敬三画伯は87歳という高齢だったが、軽井沢の思い出や絵についてたくさんお話していただいた。中でも印象に残っているのは、島崎藤村に勧められフランス留学を決めたという話だった。
 島崎藤村は小諸で7年暮らし、学習社という小諸義塾で教鞭をとっていた。幼かった小山さんはそこへ通っていた姉に連れられて行った。「今でもよく覚えています。四角の火鉢を囲んで子供たちと一緒に餅を焼いて召し上がっていました」。その後、東京の藤村を訪ねたとき、絵描きになるつもりでいると打ち明けると「島崎先生は『それは結構なことです』とにこにことうれしそうにおっしゃったんです。当時、絵描きなどは職業だと思われていない時代でしたから意外でした。『あなたは戦争(第一次世界大戦)が済んだらすぐにフランスへ行きなさい』と熱心に勧められました。私は体が頑健という方じゃなかったから、言葉も通じない遠い外国へ行くのは不安だったんですが、先生が絵描きになることを認めてくださり、フランスへの留学を勧めてくださったので決心し話が着々と進みました。渡仏の前にお訪ねした時も『自分の信じる道をまっしぐらに歩いてください』とおっしゃったんです」
藤村がフランス行きを熱心に勧めていた理由を深く考えなかった小山さんだったが、藤村死後に「奥様から、実は先生は若い頃、文学者になろうか画家になろうか迷った末、文学の道を選ばれたということをお聞きしました。このとき、初めて謎が解けたような気がしましたね」
 帰国した小山さんは茅ヶ崎にアトリエを建て、終戦後、軽井沢に別荘を持った。「2階から浅間山が実によく見えました。朝焼け、夕焼けは山が赤くなって、表情が色々変わる。火山だから、また魅力もあるんだね」。別荘から見える山の表情を様々に描き続けてきた小山画伯の「浅間山」の絵は今も圧倒的な人気だ。
 浅間山や白鷺城の絵で有名な小山敬三画伯だが、軽井沢でのテニスの様子を描いた作品があることはあまり知られていない。大正7年、21歳で二科展に入選した『テニスを遊ぶ人』だ。「私の作品の中では珍しい題材。当時の軽井沢は外国的な雰囲気が漂っていました。山の中だけど、文化的な匂いのする所でした」と小山さんは当時を思い浮かべるように話した。この作品をぜひ見てみたいと思う。しかし、今も誰が買ったのかわからず行方不明なのだという。
こやま・けいぞう(1897~1987年)
洋画家。小諸市生まれ。慶応義塾大学に進むが画家を志し、1920年に渡仏。1959年日本芸術院賞受賞。1970年文化功労者。1975年文化勲章受章。1987年神奈川県で没す。独特な画風で描く浅間山や白鷺城の連作などが代表作。
小諸市に小山敬三美術館がある(今年は生誕120周年企画展を7月16日より開催)
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