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軽井沢新聞 スペシャル
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FRESH Karuizawa 20's

田中まみさん(26歳)

1707_special02.jpg 田中まみさん(26歳)

軽井沢ホテルロンギングハウスのレストランサービスと野菜のバイヤーを行う田中まみさん。

野菜の魅力を伝えていく野菜ソムリエプロとして活動している。大学時代は森林生態について学んだ。「自然に関わる仕事がしたい」と、"野菜"という視点で、自然の魅力を発信できる同ホテルに入社。地元含め全国各地の契約農家とつながりがある「野菜がおいしいレストラン」のバイヤーとして、出荷状況の確認や料理に使用したい野菜の相談など、種まきの時期から連絡を取り合っている。

お客様に「野菜がこんなに甘いなんて初めて知りました」と言われることで、やりがいを感じ、最近では、ホテル内のダイニングバー「ワイン酒場。」で、お酒に合う旬の野菜を使った料理をワインソムリエと共にソムリエメシとしてプロデュース。オフの日は、契約農家の農園で畑仕事を手伝いながら、農家の人々から情報収集も行うなど積極的に交流し、野菜の農法を勉強。農業の苦労を学ぶことで、ホテルで扱う野菜についてもより考えるようになった。

「今後もお客様に農園の経験や野菜の情報をわかりやすく伝えていきたい」と明るく笑顔で語った。

プロフィール
軽井沢ホテル ロンギングハウス勤務。長野県伊那市出身。日本大学森林資源科学科卒業後、同ホテルに入社、5年目。血液型:O型 星座:しし座 干支:午(うま)

作家 森 瑤子 さん

1707_special01.jpg 作家 森 瑤子 さん

1枚の写真がある。石を積み上げた大きな暖炉、その前でイスに座ってほほ笑むジーンズ姿の女性。1978年、処女作『情事』ですばる文学賞を受賞し、15年の間に約100作を残して疾風のごとく去った作家の森瑤子さんのありし日の姿だ。

当時、森瑤子さんは女性の愛や生き方を描いた都会的なセンスの小説が注目を集め、作家としてだけでなく、そのファッションやライフスタイルでもカリスマ的な存在になっていた。夏の軽井沢で見かける彼女はトレードマークのヘアバンドと個性的なスタイルがよく似合う華やかなイメージだった。

 そんな印象を受けていたので、取材に訪れたときのシンプルなジーンズ姿や、普通の主婦としての話しぶりは意外だった。  「朝は早いのよ。東京にいても、子供たちが学校へ行くときは6時半には起きて、朝食やお弁当を作るの。仕事は午前中に済ませて、午後はテニス」。20年前から訪れていた軽井沢ライフにテニスは欠かせない存在だったようだ。取材は軽井沢の話から、主婦作家としての仕事と家事の両立などへと広がっていった。

 避暑地軽井沢100周年記念の1986年の夏、軽井沢会の集会堂で開かれた『古き良き時代を偲ぶパーティー』では、三笠宮様や徳川喜和子さんらに交じって踊る森夫妻の姿が人々の視線を集めた。フランスから取り寄せた美しいアンティークドレスの瑤子さん、白いジャケットに蝶ネクタイが似合う夫のブラッキンさん...二人が踊ると映画のワンシーンのように素敵だったことを思い出す。

1993年7月、「森瑤子さん亡くなる」との訃報がテレビや新聞で報じられた。亨年52歳。あまりにも早い死だった。

たくさんの作品を執筆し、夏の楽しい日々を過ごした彼女の別荘(旧サロモン別荘)は国の有形文化財として登録され、今はカフェ『涼の音』として人気を集めている。そんなことを想いながら、今、私はかつて取材した大きな石積みの暖炉の前でコーヒーを飲んでいる。不思議な時の流れを感じながら...。

もり・ようこ(1940~1993年)
作家・静岡県生まれ。ヴァイオリンを学び、東京芸術大学器楽科へ進む。24歳のとき英国人と結婚し、37歳で書いた『情事』がすばる文学賞を受賞。52歳で亡くなるまでの間に、100冊を超える著作を残し、作品は20回以上テレビドラマ化された。『風と共に去りぬ』の続編『スカーレット』を翻訳したことでも知られている。

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