軽井沢の文化遺産は守れるか②

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 「軽井沢ブループラーク」が今年も発表された。筆者(広川)が紹介した別荘は2つあり、その一つは明治末期の「ウイン別荘」。アメリカ人宣教師ウイン・トーマス・クレイが建てた別荘で、大正期には歌人でアイルランド文学者の片山廣子が所有した。芥川龍之介、堀辰雄ら文学者ゆかりの別荘として知られているだけに文化遺産としての価値が高く、別荘建築史として見ても杉皮張りの外壁と内部の造りのコントラストが興味深い別荘である。100年以上経ている建物だけに、その行方が心配されている。所有者のUさんは毎年予算を決めて少しずつ補修しているが、その金額は決して安いものではない。自分の代は何とか持ち続けるが、次の代になったらどうなるか分からないと話す。

 もう一つは「昭和の風流人」と謳われた菅原通済が建てた別荘。紅殻色の外壁に白縁の窓が美しく、内部には通済直筆の絵が描かれた襖があるのも貴重だ。現在の所有者Fさんは、この別荘を紹介した不動産屋に「古い建物なので壊して、新しい家を建てたらいいですよ」と言われたが、この建物をひと目で気に入り、傷んだところを自分で直して使っている。

 軽井沢には別荘地としての歴史が120年以上あり、そこで暮らし交流した人々をたどってみると、いかに上質なリゾートの物語があったかが伺える。そこから欧米人の文化が伝わり、政財界や上流階級の避暑生活、作家たちの交流も生まれた。別荘文化があるからこそ、「軽井沢」の価値が現在まで続いているのだ。古くなったからと建て替えるのは簡単だが、別荘の価値を理解し大切に守りたいという人たちが、幸い軽井沢にはまだ多くいる。

 自分の別荘から見える古い洋館が気になり、売却されると知って思い切って購入したYさん。調べてみたらヴォーリズ設計で東洋英和女学院校長ハミルトン女史の別荘だったことが分かり、女学院の関係者が驚いて飛んできた。Yさんは腕利きの大工に頼んで見事に修復し大切に守っている。

 軽井沢の文化遺産の証(あかし)として、渡されるブル−プラークだが、銘板1枚だけでなく、修理費の一部を一緒に渡すことはできないだろうか。登録有形文化財のように、税金を軽減する方法も考えられるだろう。「別荘地軽井沢」のブランドでもある文化遺産を守っている民間人には、何らかの形で援助することが必要だ。(広川小夜子)

※次回は引き続き、民間で文化遺産を守っている例を取り上げます。

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