映画の世界を語りついだ人 荻昌弘さん(映画評論家)

軽井沢で出会った人々 vol.3 広川小夜子(軽井沢新聞編集長)
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荻昌弘さん
 1960年代、石原裕次郎の邦画やアラン・ドロンの洋画など、映画館はいつも観客でいっぱいだった。昨年の話題作『君の名は。』のような現象が毎日続いていたと言っても過言ではないほど、映画は日本人のレジャーの中心だった。
 当時、マスコミに登場して映画の解説をする映画評論家も注目を集めていた。人気映画評論家と言えば、「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」と消えていく淀川長治さん、元祖玉ねぎヘアの「小森のおばちゃま」こと小森和子さん、金曜ロードショーの水野晴郎さん、そして落ち着いた語り口が好評の荻昌弘さん。荻昌弘さんは太郎山に別荘があり、多忙な生活にもかかわらず、頻繁に訪れていた。映画評論家の他、料理研究家としての仕事にも追われていたようだ。
 私が荻さんを訪ねたのは、1983年の春。静かな木立に囲まれた別荘は、当時はまだ珍しい北欧製のログハウス。夏だけ過ごすというのがこの頃の別荘スタイルだったので、時間を見つけては秋も冬も軽井沢で過ごすという別荘生活は珍しかった。「ここに来て、暖炉に火を焚いたり、仕事をしたり、レコードを聴いたりするのが一番解放されます。精神的にあらゆるものから解放されて初めてマイペースに戻ります。だから来たくて、来たくてしようがない」と話す荻さんの言葉が心に残っている。「いつも仕事に追われているからこそ、軽井沢の生活が必要」ということは、その後の別荘訪問インタビューでも様々な人から聞かれた。30年前に聞いたこの言葉こそが別荘ライフの原点なのだった。
 荻さんには、軽井沢ヴィネット誌上で『映画放談』と題し、世界各地の映画や映画解説にまつわるエピソードなど興味深い映画談議を掲載させていただいた。軽井沢についても、映画の解説のように柔らかな口調で、しかも鋭い視点で語っている。「賑やかになることは悪いことではないけれど、雑居しては共倒れになる。軽井沢は折り目正しい節度を徹底して守ってもらいたい」
軽井沢の静かな生活を愛した荻さんは、今の軽井沢を見てどのようなシーンとしてとらえるだろうか。

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