筑波大学名誉教授・北九州市立大学名誉教授 谷村 秀彦 さん

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 都市計画が専門の工学博士で、港湾や工場跡地、駅前など、広いエリアを想定した再開発モデルの研究、提案を国内外で進めてきた。研究の原点は、東京大学大学院時代に取り組んだニュータウンの地域施設計画だ。

「高度経済成長の頃で、地方から都市に集まってくる人にどんな住環境を提供するかは、国家的なテーマでした。スケールの大きい仕事は、やはり面白いですよね」

 1977年から筑波大学に勤務し、定年を迎える2002年まで、教授、社会工学系長、第三学群長などを歴任した。

 「研究学園都市として、街が変わりゆく過程をずっと見てきました。都市計画をやっている立場としては、とても魅力的な場所でしたね」

 筑波大学退職のタイミングで軽井沢へ移住。最近まで、聖パウロ軽井沢教会の教会委員長を務め、2018年から3年計画で修繕を進めてきた。献堂当時はあったと思われる、コンクリートの外壁についた木目も新たに再現した。

「当時は、砕いた浅間石も使っていたので、質の粗い黒っぽいコンクリートなんです。その色合いにも近づけました」

 山あいの小さな村に数千人もの外国人が滞在していた、大正後期〜昭和初期の雰囲気が、現代にも息づく軽井沢の魅力だと考える。

「軽井沢が東洋のジュネーブと言われていた時代です。今でも人がここに押し寄せるのは、バタ臭い洒落たイメージに対する憧れがあるから。そこを忘れてしまうと、元別荘地になりかねない」

 東京大学の恩師で、義父でもある吉武泰水さんは、建築計画学の創始者で、戦後の集合住宅の原型を作った人物。2003年に亡くなると、研究資料を保存するための倉庫を自宅敷地に建て「吉武アーカイブ」と名付けた。

「貴重な資料なんだけど、量が膨大で整理が大変。時々、興味のある若い学生が、見せてほしいと訪ねてきますよ」

 妻と二人暮らし。聖パウロ幼稚園で月一回、園児に英語を教えている。

「今年でもう81歳だから、辞めようと思うんだけど、子どもとのふれあいが楽しくてね」

 教会のコミュニティーがあり、友人は多い。木もれ陽の里の温泉で寛ぐのも、楽しみの一つだ。

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