西村伊作の第九子 西村 九和 さん

1708_hitomonogatari_.JPG 西村九和さん
 文化学院(東京都墨田区)を創立した芸術家西村伊作(1884-1963年)の9番目の子として生まれる。毎日家にいる母と違い、父は「手の届かない所にいる、ちょっとこわい存在」。ただ、夏休みの軽井沢では一緒に過ごす機会も多く、二人きりで散歩してみつ豆やアイスクリームを食べに行ったことも。
 「道を歩いていると、すぐ父の知り合いに会いましたね。桃太郎のようにお供がついて、お店に入るときは人数が増えているのよ」
 文化学院女学部1年生(12歳)のとき、歌人の与謝野晶子の授業を1度だけ受けた。窓の外では、カーキ色の教練服にゲートルを身に着けた大学生が音を立てて歩いていた。
「ザク、ザクと外から聞こえる足音もよそに、先生は小さなやさしい声で平家物語を朗読していました。映画の一場面のように、今でも憶えています」
 戦中の1943年、自由な思想が国の方針と合わないのを理由に、文化学院が強制閉鎖。軽井沢の別荘へ疎開すると、ボランティアで軽井沢サナトリウムに勤めた。物資不足で脱脂綿がなかったため、「一回使ったものをまた使うのよ。洗って消毒し、乾いて固くなった綿をほぐすのが役目の一つでした」
 ニューヨーク大学在学中に知り合った、ベルギー人と結婚。外交官夫人としてドイツ、アメリカ、ペルーなど各地を転々とした。
「どこの国でも、誰から何を言われようとあまり気にとめず、自分のやり方を通しました。『上の人にペコペコしなくていい』という、父の教えも生きたのかもしれません」
 1994年に夫が死去。兄、姉も既に亡くなっている。今年90歳になったが、これまで大きな病気は一度もない。元気の秘訣を聞くと「楽観的なのがよかったんじゃない。人見知りしないし、思ったことは何でもぱっぱっと言っちゃう」。
 秋から春は、アルプスの山々やレマン湖が見渡せる、スイス・ローザンヌで一人暮らし。夏は家族らが集まる軽井沢で過ごす。
「絵葉書みたいな景色のところに一人でいるより、やっぱり家族や友だちが大勢いるところに来たい。軽井沢は、思い出のつまった心のふるさとですから」
 今夏は90歳のお祝いで、世界中に散らばっている子どもや孫、甥、姪らが一堂に集合する。いつもより賑やかな夏になりそうだ。

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