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元WBA世界ジュニアライト級チャンピオン 上原 康恒 さん

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「具志堅にできるなら俺にも」
不屈の精神で王座奪取


 沖縄県那覇市出身。12人兄弟の上から4番目。空手の師範だった兄の影響で、小学4年から格闘技の道へ。高校時代はボクシングを習うため、週末になると普天間基地へ通った。特設リングがあり、屈強なアメリカ軍人相手に「30試合くらいやって、ほとんどKOしましたよ」。

 プロ2年目で世界タイトルに挑むも、2ラウンドKO負け。引退の二文字もよぎったが、5歳下の弟分、具志堅用高さんが世界王座に就いたことで、反骨心に火がついた。

「具志堅にできるんだったら俺も絶対できる。チャンピオンにならないと、引退後ずっと『具志堅さん』と呼ぶことになる、と言い聞かせていました」「具志堅にできるんだったら俺も絶対できる。チャンピオンにならないと、引退後ずっと『具志堅さん』と呼ぶことになる、と言い聞かせていました」

 世界初挑戦から7年後、2度目のタイトルマッチの相手は、10度防衛中の強敵。米国・デトロイトの完全敵地の中、序盤は攻め込まれるも、6ラウンドに右フックがクリーンヒットし、相手をマットに沈めた。

「無意識で放ったカウンターでした。チャンピオンになると、何でも手に入るかのような気持ちになる。こんなに変わるのかと言うくらい人生が一変しました」

 具志堅さんと並んでオープンカーに乗り、那覇市内を凱旋パレードしたときの光景が忘れられない。

「どこまでも人だかりでした。一番の親孝行をしたと思う」。

 プロ通算32戦27勝(21KO)5敗。現役を退いた翌1982年、軽井沢へ移住しペンション兼沖縄料理店を開業。冬の寒さはこたえたが、慣れてくると「周りに仲間も増え、住みいいなと思うようになりました」。

 2年前、酒や食事を楽しめる店「ちゃんぴおん」を東京都渋谷区に開き、夏以外は軽井沢と半々生活。動画サイトで昔の試合映像を見た若手が、「上原さんのようになりたい」と店を訪ねてくることも。

 パンチだけでなく、歌声も一流。現役時代に尾崎紀世彦さんや松尾和子さんのコンサートで前歌を務めた。

「日本タイトル戦でもらう額より、稼げたんです。『お前はボクシングと歌、どっちをとるんだ』って、会長からも言われていました」

 一男一女は独立し、歯科医の妻と二人暮らし。チャンピオンに親しみを込め、旧友などからはチャンチャンと呼ばれている。
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